戦に負けたらどうするのか、本多政重みたいに奔走するのだ 『生きて候』

生きて候

  • 書名:『生きて候(上・下)』
  • 著者:安部龍太郎
  • ISBN:978-4087460049(上)、978-4087460053(下)
  • 刊行日:2006年1月25日
  • 発行:集英社文庫
  • 価格:600円(上・税別)、571円(下・税別)
  • ページ数:346(上)、311(下)
  • 形態:文庫

本書の主人公は本多政重、徳川家康の懐刀であった謀将・本多正信の息子であり、本多正純の弟でもある。

本書を読むまでこの本多政重についてまったく知らなかった、本多正信の息子は正純だけだとも思っていた。

本多政重は子供時代に本多家と同じ徳川家の家臣である倉橋家に養子に出され、倉橋家の人間として成長する。養父である倉橋長右衛門の死後、徳川秀忠の近習を斬り殺す事件を起こし親友の戸田蔵人とともに徳川家を出奔するのである。

その後前田利家からの依頼を受け、慶長の役の現場である朝鮮半島に赴く。そこで日本軍に虐げられる朝鮮の民衆を目の当たりにし、一度は日本に帰るものの、慶長の役を終わらそうと奔走し再度朝鮮半島に渡り日本の撤退作戦に貢献する。

豊臣秀吉が死に、天下騒乱の気配が濃くなってくると西軍である宇喜多家に身を投じ、関が原の戦いでは旧主家康と父・正信を追い詰める戦いを仕掛ける。

西軍が東軍に負けるや、今度は主君である宇喜多秀家を助けるために薩摩の島津家に赴き、宇喜多秀家の受け入れを要請する・・・

とにかく政重は走る、走る、愛馬の大黒に乗って走る、誰かが困っているとその人のためにとにかく頑張るのである。

で、この政重、頭脳派の本多正信の息子のくせにめっぽう強い、政重が主人公の小説なので当たり前なのだが、冒頭で前田利家に負けるくらいで誰にも1対1では負けない。

本作と似たようなとにかく強い主人公が出てくる戦国物で一番に思い浮かぶのが前田慶次郎(利益)の『一夢庵風流記』だが、あれは戦国の政治とはあまり関係ないところで諸国を漫遊するという体のお話なので緊張感にかける、本作は戦国の生々しい政治の裏舞台を愚直に生き抜いた豪傑「本多政重」の一代記なのである。

これくらい波乱万丈で、さらに戦国を生き抜いた本多政重はもっと有名でもよいいのにと思ったが、戦国が終わり江戸の世になるとこのように主君をころころと代える戦国時代の申し子のような政重の話は徳川的な倫理感とはかけ離れていて講談などにもしにくかったのだろう。

本多政重は宇喜多秀家助命嘆願のあとに、再度前田家に仕えることになるようだが、その話は本作ではほとんど触れられていない。また大阪の陣では真田幸村(信繁)に負けて幸村伝説に花を添えることになるようだが、その話も本作には出てこない。

本多政重の生涯のお話というか、この小説の続きをぜひ安部龍太郎には書いてもらいたい。タイトルが地味だからタイトルを一新して再度文庫化し人気が出たところで続編を書くというのはどうだろう。