自意識のフレームが変容する瞬間 『午前3時のルースター』

午前3時のルースター

  • 書名:『午前3時のルースター』
  • 著者:垣根涼介
  • ISBN:978-4167656683
  • 刊行日:2003年6月10日
  • 発行:文春文庫
  • 価格:590円(税別)
  • ページ数:360
  • 形態:文庫

垣根涼介の本を初めて読んだのは、義父からもらった『ワイルド・ソウル』だった。

ブラジル移民とその子供達が日本政府に対して誰も死なないテロを仕掛けるという、犯罪モノであった。そのテロが成功するのか、しないのか、手に汗握る犯罪ミステリーだった。

『ワイルド・ソウル』が犯罪を仕掛ける側(謎を仕掛ける側)からの物語だったのに対し、本作は『ワイルド・ソウル』と似たような舞台背景で展開するものの探偵側(ニワカ探偵だが、謎を追い求める側)の視点で物語は進んでいく。

垣根涼介が『君たちに明日はない』か何かのあとがきで、登場人物の世界に対する自意識(価値観)がガラリと変わる瞬間(自意識のフレームが変わる瞬間)がその人物が一番魅力的になる時であり、そのような瞬間を私は小説で描いてきた、というようなことを言っていた。

本作でもベトナムの地で失踪した父を探す慎一郎、息子から探されることになる父、その2人の自意識のフレームが変わる瞬間が描かれる。

私の人生にも自意識のフレームが変わる瞬間というのがあったろうか、うーん。

中学校に入ったとき?大学に入ったとき?いや違うか、結婚した時?

で考えてみて思い当たるのが・・・ない。

特に無い。

多分、垣根涼介の言う自意識のフレームが変わる瞬間というのはその人物が予想もできないような事件や事故や物事にぶち当たった時に訪れるのかもしれない。

私の人生には残念ながらそういう大きな不幸や大きな事件みたいなものはなかった、予想外の展開というやつだ。

父親が死んだ時はいきなりだったのでそれは人生における大きな事件だった。そうか、でもそれで何が変わったろうか。母と父は別居していて私は母と一緒に住んでいたので生活はあまり変わらなかったし、うーん。

あ、あった。小学校5年か6年の時に友人から「お前結構みんなに嫌われてるよ」と言われたことがある、あれはショックだった、私の信頼していたというか、無条件に信じていた都合のよい世界に対する認識みたいなものが崩れ去った瞬間だった。

たぶんアレが、私の少年時代が終わり、プレ青年時代に突入した瞬間だったのかもしれない。

今私は35歳だがそのプレ青年時代はまだ終わっていない、ような気がする。